ホリエモンのビジョンが実現した。

むかし、IT業界でライブドアの社長をしていたホリエモンこと堀江貴文氏が、インターネットとテレビを融合させるというビジョンを掲げて、フジテレビの買収に動き出した。10年以上も前のことだ。

 

フジテレビ側は猛烈に抵抗し、その後ライブドア事件も起こり、ホリエモンの夢は潰えたかに見えた。

 

しかし、実は、インターネットとテレビの融合というホリエモンの夢というかビジョンは確実に引き継がれていたのだ。つまり、別の会社によって実現したのだ。

 

その名は、abemaTV。

 

サイバーエージェントという会社と、テレビ朝日が提携して、インターネット上にテレビ局を作ってしまった。

 

abemaTVは、インターネット端末をテレビにしてしまった。これは、技術的にはそんなに難しくないことだが、衝撃的な事件なのだ。なにしろ、これからは地デジは必要がなくなることを示唆しているからだ。

 

もちろん、まだ始まったばかりなので、番組コンテンツはまだ貧弱である。しかし、abemaTVが発展する先には、いわゆる有線テレビとかスカパーなどと同じ世界が地デジアンテナやテレビ端末なしで、ふつうのPC,タブレットスマホなので楽しめるようになるのだ。

 

若者はこのすごさをよくわかっているようで、abemaTVは急速に普及しているとのこと。

 

いま電通長時間労働過労自殺問題で、同社の社是社訓が問題になっているが、サイバーエージェントの社訓には、「ライブドア事件を忘れるな」というのがある。

 

 

abemaTVの設立とは直接的な関係はないだろうが、結果的にライブドアが目指していたものを実現したのだから、なにか運命的なものを感じざるをえない。

 

 

VUCA(ブーカ)時代に威力を発揮するリアルオプションキャリア術

 

VUCA(ブーカ)とは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)を意味する略語である。VUCAという言葉が示しているのは、これからの世界は、ますます変動性・不確実性・複雑性・曖昧性が増してくるということである。

 

一見すると、VUCAが進む世界は、私たちにとっては困難な時代になってくるように思える。しかし、私が提唱する「リアルオプションキャリア術」がもっとも威力を発揮する時代だともいえるのである。

 

なぜなら、リアルオプションとは、金融の世界における金融派生商品の1つである「オプション」という仕組みを、金融以外の世界にも応用しようとして生まれた概念であり、オプションをはじめとする金融派生商品の目的が、とりわけ金融の世界における変動性、不確実性、複雑性などに効果的に対処するために生み出されたものだからである。

 

したがって、このリアルオプションの考え方をキャリアデザインに応用した「リアルオプションキャリア術」は、まさに、VUCAに以下に対処し、キャリアを成功に導くかということを扱うものなのである。

  

 

21世紀型ビジネスの特徴と問題点3

これまで、今後克服されるべき21世紀型ビジネスの問題点を挙げてきた。

 

もう1つ、重要な問題点を挙げておく必要がある。それは、このブログでもたびたび指摘してきたことに関連している。それは、資本主義の宿命でもある、成長志向である。

 

資本主義経済のもとでは、とにかく経済成長が求められるということを過去にも指摘してきた。その結果どうなるかというと、早く古い製品を廃棄してもらって、新しい製品を買い求めてもらうことが必要だということである。

 

それによって企業が利益を増大し、経済成長が起こるわけである。しかし、当然のことながら、このような20世紀型のビジネスが、資源の無駄遣いや環境破壊を推し進めてきたのである。

 

これに反して、シェア、コラボ、サステナビリティを志向する21世紀型ビジネスは、成長を志向しない。どちらかといえば、むやみやたらに成長することを避け、いまある資源を大事にリユース、シェアしながら使っていこうという考え方である。

 

そこには、ボランティアの精神、リサイクルの精神、自然保護の精神、効率性の精神などが重視され、利益の獲得、売上の成長、規模の拡大を志向しない。ここに、これまでの資本主義の枠組みの中で21世紀型ビジネスが立ち上がってきたことによるジレンマが存在するのである。

 

つまり、21世紀型ビジネスは、一言でいうと、資本主義の枠組みでは「そんなに儲からない」ビジネスなのである。例えば、ボランティアに頼ることは、それは奉仕の精神という言葉のもとでタダ働きをしてもらっていることになるし、すでにある資源をリサイクルしていくことは、新しい製品を作って売ることによる収益機会を阻害していることになる。

 

21世紀型ビジネス自体が成長すればするほど、経済全体は低成長になる可能性があるのである。リサイクル、シェア、コラボ、効率化の推進で製品やサービスの値段は下がり、その結果、賃金も下がって可処分所得も減るというデフレスパイラルが起こる可能性がある。

 

社会全体に、それでもいいのだという発想の転換が起こらなければ、21世紀型ビジネスは社会に浸透していかないであろう。

21世紀型ビジネスの特徴と問題点2

前回のつづき。21世紀型ビジネスの問題点として、それは、まず、悪意の参加者や犯罪者が混ざってきたときに排除しにくいというリスクや、過失などによる事故や被害にかんする安全面でのリスクがあることを述べた。

 

それがなぜかというと、20世紀型のビジネスが、安全と秩序を重視し、高品質な製品やサービスを消費者に提供するために、監視とコントロールを重視したからだ。監視とコントロールを強化するからこそ、資源の無駄が生じてしまう。

 

例えば、製品やサービスを精査するために時間と労力を使う。少しでもリスクがありそうな要素があれば、製品を廃棄する。監視やコントロールができなくなりそうな資源は用いないし、きちんとした時間をきめて仕事をするので、状況に応じて対応するといった柔軟性がなくなる。

 

ということで、結局は資源の無駄使いや、遊休資産の増加などがでてきてしまうわけだ。

 

21世紀型ビジネスというのはむしろそういった20世紀型ビジネスの問題点を克服する方向で発展しているから、資源の無駄遣いを省き、極力シェア・コラボをし、時間や資源を柔軟に活用しようとする。それを可能にするのが、情報革命によって生まれたネットの世界ということだ。

 

つまり、秩序・安全の維持のための監視・コントロールと、資源の有効活用・サステナビリティを高めるための参加型・シェア・コラボといった活動とにトレードオフが存在するということなのだ。

 

それが原因で、現在発展しつつある21世紀型ビジネスの脆弱性がネックになっているのだ。シェア・コラボ・柔軟性を高めるために、管理・コントロールをある程度犠牲にせざるを得ないのが現状なのだ。管理・コントロールを行うためには権力を集中させ、社会や組織を階層化させ、ある程度クローズドなシステムを通じて中央集権的にコントロールを行う必要があるが、シェア・コラボ・柔軟性を追求するならば、社会や組織をフラットにし、権力が分散され、システムがオープンでだれもが参加できるシステムにしていく必要があるのだ。

 

これまで見てきた通り、現在の状態は、20世紀型ビジネスと21世紀型ビジネスとの間にトレードオフとかジレンマが存在することが問題であるから、今後の21世紀型ビジネスに求められるのは、このようなトレードオフやジレンマをどのように乗り越えるのか、すなわち、弁証法的にいえば、いかにして止揚し、もう一段、バージョンアップされたビジネスに進化していくのかというところがポイントなのである。

 

21世紀型ビジネスの特徴と問題点

20世紀にはなかった、21世紀型のビジネスがだんだんと姿を現してきた。

 

そういったビジネスの例は、uber, aurbnbなどの、シェア型ビジネス、クラウドファンディング、クラウドソーシングなどの、不特定多数参加型のビジネス、WilipediaとかLinuxなどの、オープンソース型ビジネス。

 

共通しているのは、情報革命が起こったからこそ出現したという点だ。ネットが発達していなかったらあり得ない.

 

しかし、これらのビジネスには多くの課題がある。

 

それは、まず、悪意の参加者や犯罪者が混ざってきたときに排除しにくいというリスク。

 

それから、過失などによる事故や被害にかんする安全面でのリスク。

 

つまり、20世紀のビジネスならば、国家が権力を駆使して監視したり規制をはったりすることによって防げた安全性について、21世紀ビジネスでは、ユーザーや参加者の良心を信用するというかたちでしか担保できないというところにある。

 

ガバナンスとコンプライアンスの問題なのである。

 

この折り合いをどうつけていくのかが重要である.

新しい本のタイトルが決まりました

「大学生のためのキャリアデザイン」に続く第二弾の本のタイトルが決まりました。

 

タイトルは、「リアルオプションキャリア術!」です。

 

現在多忙なためなかなか時間がとれませんが、時間を見つけて執筆していきたいと思います。

 

 

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大衆消費社会革命

将来から歴史を眺めたとき、1990年ごろを境に、明らかに情報革命が起こり、消費社会が変化したといえる。一言でいえば、モノの世界から情報の世界へと変化し、大衆消費も、モノの消費から情報の消費に大きくシフトした。

 

モノの世界、モノの消費の特徴は何かといえば、モノを買うということが消費の中心であったわけだが、モノというのは限りがあって、選択肢が限られている代わりに、個人として見ても、買える量にも限りがあった。だから、大衆消費社会においては、各個人が限られた金銭的な予算制約の中で何を買うかが重要であったわけである。

 

しかし、現在進行している、情報の世界、情報の消費においては、まったく違った消費の特徴が出現している。モノと違って情報は簡単にコピーしたり増やしたりすることができ、かつ価格もどんどん低下し、無料情報も氾濫してくる。その結果、人々にとっての消費対象となる情報コンテンツが氾濫して、その中から何を選ばせるかが重要となっている。

 

余暇の消費を考えてみると、モノの時代であれば、音楽を楽しみたい場合には、レコードやCDというモノを買うことでしか楽しめなかった。そうなると、レコードやCDを売っている場所、品物の数も物理的に限定されており、その制約と、個人の予算制約との相談によって購買が決定されていたわけだ。CDレンタルやレンタルビデオ屋の出現によって、多少は利便性が増したが、依然としてCDやDVDなどのメディア媒体という「モノ」を介してしか楽しめなかった。

 

しかし、もちろん現在進行形の情報の世界では、例えばインターネットは電気やガスのようにすでに生活インフラになっているので、多くの人が当たり前のように使えるようになってきている。そして、先ほどの、音楽や映画、ビデオにしても、モノとしての媒体を介する必要なく直接インターネットを通じて届けることができるので、モノとしての制約がなくなってしまった。同時に、価格がどんどん下がり、最近では定額制が出現したため、場所的制約、予算制約が限りなくなくなってきてしまった。

 

例えば定額性サービスならば、消費すべき情報が限りなく広がっているため、時間さえあれば、いくらでも消費できるという世界になってしまった。極端にいえば、24時間365日、音楽やビデオを消費しまくったとしても、定額で済むわけである。

 

であるから、消費者にとっていちばん重要な問題としての情報の世界の大衆消費のポイントは、むしろ場所の制約とか予算の制約の問題ではなく、限られた時間の中で氾濫する情報コンテンツの何を消費するのかといった、時間制約の中での時間配分の選択という問題に代わってしまったのである。