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決定論的世界はすでに覆されている1

私たちが真実だと思っている世界は、ほとんどが仮説として、人間によって構築されたものであることを述べてきた。

 

コペルニクス的転回のように、動かざるものと思われていた大地が回転しているという(当時にとっては)トンデモ仮説のほうが観測データに整合的であるということから、どんどんあたらしい世界像が作られていった。

 

そして、ニュートン力学のようなものが「当たり前」のように受け入られるような世界になると、こんな疑問がでてこないか。

 

いまや、何年何月何日何時何分に月食が起こることが予測できる。ロケットを月まで飛ばすことができる。つまり、この世の中は、原理的にすべて予測可能なのだ。この世の中は、将来まですべて決定されている。ただ、世の中の変数が多すぎるので、計算が複雑で難しいだけの話だ。

 

これは、決定論である。究極には、私の将来も今の時点で決まっているということだ。運命論といってもいいかもしれない。自分の将来は「物理学的に決定している」ので、何をやろうが、自由意志がどうだこうだといっても意味がないということだ。

 

実は、このような「決定論的な世界」は、すでに崩壊し、現代の私たちが住んでいる世界は、異なる世界なのである。つまり、決定論的世界は覆されたのである。

 

その理由は次回に。